宝蔵院流槍術

宝蔵院流槍術
  宝蔵院流高田派槍術 第二十世宗家 鍵田忠兵衛

目次
1 宝蔵院流槍術と私 2 槍と矛 3 槍の種類 4 中世の興福寺 5 宝蔵院覚禅房法印胤栄 6 柳生と宝蔵院
7 武蔵と宝蔵院  8 宝蔵院流槍術の系譜 9 宝蔵院流槍術 奈良への里帰り 10 宝蔵院流槍術の技術 11 宝蔵院流槍術と川路聖謨 12 宝蔵院流高田派槍術の遺跡



10 宝蔵院流槍術の技術

タウン誌「うぶすな」 2009.10月号 掲載


 歩足(あゆみあし)

 宝蔵院流槍術の特徴は、通常の素槍と異なり、鎌槍と呼ばれる穂先が十文字型の穂先に特徴であることは三月号で述べました。この十文字型の槍穂を活用して突くばかりでなく、切り落とす、巻き落とす、摺り込む、など多面的に使用することができ、その有効性が認められ、日本最大の槍術流派に発展しました。今回はその技術を具体的に述べることにしましょう。
 私は常々、槍は頭で覚えるな、体で覚えろ、と伝習生に申しております。それほどに体で体得しないと槍術の技術は身に付かないものだと考えております。これを、文字のみでお伝えするのは至難でありますが、説明させて頂きます。
 先ず、「構え」です。敵に対して左肩を前に横を向き、両足を約一bほどに開きます。従って体は敵に対し腰も肩も横を向いています。右手は槍の末(石突・いしづき)を握り、左手を約一bほどに開いて水平に槍を持ちます。そして腰は相撲の四股の姿勢のように低く構え、背筋は真っ直ぐに立てます。顔を左肩に顎を乗せるように九十度頭を左に回し、敵に対します。初心者がこの姿勢をとると非常に苦しく、足腰がパンパンに痛みます。しかし慣れてくると、この構えが長く重い槍を操作するには最適であることが解ってきます。
 次に「歩行」です。継足(つぎあし)歩足(あゆみあし)があります。
 継足とは左足を敵に向かって十p前に進めると、右足も十p前に進めます。これを繰り返して前に進みます。退がる場合はこの逆です。
 歩足は、右足を左爪先の左前に交差し、続いて左足を約一bほど左に開きます。これを繰り返して前に進み、退がる場合は、左爪先を右足踵の右に交差させ、続いて右足を右に開き、これを繰り返して退がります。ここで大切なことは、腰の高さを一定にし、また腰を振らないことが肝要です。
 次は「引落(ひきおとし)」です。素槍が前面に突いてくるところを、鎌槍の右鎌で引き落とすのです。これは鎌槍でこそ出来る技です。鎌で押さえ落とすのではなく、鎌で相手の槍柄を引き切るのです。
 「巻落(まきおとし)」。素槍が裏面(うらめん・左耳辺り)を突いてくるのを、鎌槍は両手を上げて受け止めます。槍で冠(かぶ)るように受け止めるところから、「冠(かんむり)」と呼んでいます。冠に受け止め、次に鎌の交差点辺りで捻るように素槍を落とすのです。これも鎌槍でないと出来ない技です。
 「摺込(すりこみ)」。素槍が突いてくるところを、右鎌で素槍の柄に沿って滑らせ、相手の手元に入り込み、手首を切る技です。左鎌で素槍の手元に摺り込む技もあります。
 「柄返(えがえし)」。素槍が鎌槍の柄を跳ね上げると、その力を利用して鎌槍は柄を半回転させつつ飛び込み、さらに石突で敵の喉元を突きます。
 宝蔵院流槍術は、致命傷を負わせあるいは止め(とどめ)を刺す技が少なく、敵の攻撃を受け止め、止むを得ない場合にのみ少しの手傷を負わせ、相手の攻撃意欲を減ぜさせる技が多いのが特徴です。私は、宝蔵院流は平和の武道であると考えております。
 また、宝蔵院流槍術には奥義第一に「大悦眼(だいえつげん)」が伝えられています。敵に相対した時や、平素の稽古においても、敵を睨みつけるのではなく、「大悦眼」すなわちニコッと微笑む眼を心掛ける。眼の力を抜けば、肩の力も抜け、体も自ずから自然体となり、心も体も自由・闊達となる、との教えと解しております。この教えは宝蔵院流槍術のみならずすべての武道にも通じ、また現代の社会生活にさえ活用できる教えです。


 








2009. 9.28