ならひゃくしゅ
寧樂百首 著者 二絛澹齋(にじょう たんさい)・一乗院宮坊官 序 越智黄華・奈良正気書院主 川路聖謨・奈良奉行 評 寺門靜軒・江戸碩儒 跋 佐々木西里 川路左衛門尉聖謨之序 余生天下幅湊之地、在激職三十年。渡林風濤往佐渡、或攀絶嶮廬岐岨、鑒人物經事變多 矣。客歳来寧楽。観東大寺大佛、始驚有天下偉大之物。一日得辱一乗法王延招、奉驚咳 九天堂中。接龍歩鸞音、又驚其叡明矣。二條澹齋者法王之幹事臣也。好書又能詩。來官 邸對酔吟。吾常謂、法王之有澹齊、所謂龍而雲焉。惜哉、降澤於興福寺二萬五千石之地 耳。而任僧祝兼為獄訟、錢穀亦司之。終日熱劇而宏才餘綽。近者自寧樂山水之勝、至于 梨園小伎、悉賦一百首。既成求序於余。余讀之、經事綜物之才、不費意於蟲琢、而胸中 之薀、自成珠磯。至于風俗人情、無不曲盡如躬踏其地而目覩其事。大得惠民之益、盡日 不覺倦□、服其精密。是雖全豹之一斑、而其炳蔚於此詩乎。見之。 嘉永辛亥(1851)六月、自幕府鶴書到。将歸東郡前日、忙劇中走筆漫書之 寧樂尹 左衛門尉聖謨 |
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1 南都 |
南都(なんと) 衰殘たり千載古(いにしえの)皇州 當日の繁華何れの處にか求めん 春嶺の花兼(けん)秋野の鹿 凄涼たる節物閑幽に富めり |
2 春日社 儼然寧楽一靈神 神德和光市巷塵 林杉欝々千年老 華表高邊麋鹿親 |
春日社(かすがしゃ) 儼然(げんぜん)たる寧楽の一靈神 神德光を市巷の塵に和す 林杉欝々として千年老 華表(かひょう)の高き邊に麋鹿(びろく)親しむ |
3 兩御門跡 大乗元是一乗流 南北相分法德侔 休道兩雄無兩立 牡丹與菊富千秋 |
兩御門跡(りょうごもんぜき) 大乗は元是(こ)れ一乗の流れ 南北相(あい)分れて法德侔(ひと)し 道(い)う休(なか)れ 兩雄兩(なら)び立つ無しと 牡丹 菊と與(とも)に千秋に富む |
4 官府 尹官新建慶長年 恵似春風治益全 十有五郡千萬戸 戸門不鎖夜安眠 |
官府(かんぷ) 尹(いん)官新(あらた)に建つ慶長の年 恵は春風に似て治(ち)益(ます)ます全(まった)し 十有五郡千萬戸 戸門鎖(とざ)さず夜安眠す |
5 明教舘 即學問所 常讀聖經講日新 豁然教化幾多人 大哉萬世昇平具 不失君臣父子倫 |
明教舘(めいきょうかん)即ち學問所なり 常に聖經を讀みて講日に新たなり 豁然(かつぜん)として幾多の人を教化せしならん 大なる哉(かな)萬世昇平の具 君臣父子の倫を失せず |
6 興福寺 法燈千載照三乗 唯識因明世々承 荒廢無人耐惆悵 草深数尺感情増 |
興福寺 法燈千載三乗(さんじょう)を照らす 唯識因明世々承く 荒廢して人無く惆悵(ちゅうちょう)に耐え 草深きこと数尺(せき)感情増す |
7 勧學院 一曰中院屋 聞説法筵月二回 因明講問意深哉 神君別附益千石 萬世永為勧學媒 |
勧學院 一に中院屋と曰く くならく法筵を説くこと月二回 因明講問 意深き哉(かな) 神君別に附し千石を益す 萬世永く為勧學の媒(ぼう)を為す |
8 東大寺 境内有老杉曰良辨杉 金堂珠閣倚山巖 古佛儼然渾不凡 當初創寺人何處 仰看高標千尺杉 |
東大寺 境内に老杉有り、良辨杉と曰く 金堂珠閣 山巖(さんがん)に倚(よ)り 古佛 儼然として渾(すべ)て凡ならずや 當初寺を創りし人は何處にありや 仰ぎて看る 高標千尺の杉 |
9 大安寺 休向村翁問昔時 昔時談盡使人悲 郊南路没難來往 田畔青々蔓草滋 |
大安寺 向村翁に向かいて昔時を問うを休めよ 昔時 談じ盡して人をして悲しまむ 郊南の路没して來往し難し 田畔青々 蔓草滋(しげ)る |
10 元興寺 誰識伽藍昔日隆 門屏久廢混街中 遠近先望元興寺 五重飛塔聳晴空 |
元興寺 誰れか識る 伽藍昔日隆(さかん)なりしを 門屏 久しく廢して街中に混(まじ)る 遠近先(ま)ず望む元興寺 五重の飛塔晴空に聳(そび)ゆ |
11 薬師寺 郡山之北梵王宮 千載藥師佛德隆 二月春風造華會 古鐘聲響四方通 |
薬師寺 郡山(ぐんざん)之北 梵王の宮 千載の藥師 佛德隆(たか)し 二月春風 造華(ぞうげ)の會(え) 古鐘の聲 四方に響きて通ず |
12 西大寺 水煙澹々樹重々 寺在西郊青野東 此丘爲避世塵事 終日讀經寂莫中 |
西大寺 水煙澹々(たんたん)として樹重々(ちょうちょう)たり 寺は在り西郊青野の東に 此丘(びく)は爲(ため)に避く 世塵の事 終日の讀經 寂莫の中(うち) |
13 白毫寺 十里西南望不遮 田塍似畫趣無涯 山頭只有墳塋列 頓使人心惜歳華 |
白毫寺 十里西南望(ぼう)遮(さえぎ)られず 田塍(しょう)畫に似て 趣(おもむき)涯(はて)無し 山頭只だ有り 墳塋(ふんえい)の列 頓(とみ)に人心をして歳華(さいか)を惜しまむ |
14 法華寺 疎松翠竹高門古 一逕苔青少客來 當識光明皇后跡 女僧多聚雨花臺 |
法華寺 疎松(そしょう)翠竹 高門古し 一逕苔青く 客の來ること少なし 當(まさ)に識るべし 光明皇后の跡 女僧多く聚(あつま)る雨花の臺 |
15 招提寺 小徑苔青人不到 雨花臺畔日寥々 今日我來翫春色 緑陰深處鳥聲嬌 |
招提寺 小徑 苔青く 人到らず 雨花の臺畔 日(ひび)に寥々(りょうりょう) 今日 我來たりて春色を翫(もてあそ)び 緑陰深き處 鳥聲嬌(きょう)なり |
16 龍松院 東大寺勸進所 祖師公慶上人再營大佛殿 從古毎多碩學師 于今院内滿沙彌 公慶德蒹尊像大 算來畢竟得相宜 |
龍松院 東大寺勸進所なり 祖師公慶上人大佛殿を再營す 古(いにしえ)より毎(つね)に多し 碩學の師 今院内に沙彌(しゃみ)滿ちたり 公慶 德蒹 尊像大にして 算(かぞえ)來れば 畢竟相宜(よろしきを)得たり |
17 大佛 元是西方異域人 青銅鑄造一千春 儼然南面此王者 仰見亭々數丈身 |
大佛 元是れ西方異域の人 青銅の鑄造 一千春 儼然(げんぜん)として南面し 王者に此す 仰ぎ見れば 亭々數丈の身なり |
18 二月堂 竺仙元是大慈心 能濟迷因塵土臨 参禅日夜幾多客 一念読誦經世音 |
二月堂 竺仙は元(もと)是(こ)れ大慈の心 能(よ)く迷因(めいいん)を濟(すく)い塵土に臨む 参禅 日夜幾多の客 一念經を誦(よ)む観世音 |
19 若草山 奇峯突兀掛窻間 明浄似粧常自閑 應知仁壽無彊域 不老千年若草山 |
若草山 奇峯 突兀(とつこつ)として窓間に掛(かか) る 明浄なること粧に似て常に自ら閑なり 應(まさ)に知る 仁壽(じんじゅ) 彊域無きを 不老千年の若草山 |
20 春日大宮祭 天使粛然車駕臻 春冬兩度祭儀新 青杉樹下白衣客 危坐霜風夜焚薪 |
春日大宮祭(かすがだいきゅうさい) 天使粛然(しゅくぜん)として車駕臻(いた)り 春冬兩度 祭儀新(あらた)なり 青杉樹下 白衣の客 霜風に危坐して 夜薪(たきぎ)焚(た)く |
21 同少宮祭 大祭従来四國聞 暁天群客恰如雲 百餘競馬數成樂 供得神前武與文 |
同少宮祭(どう しょうきゅうさい) 大祭は従来四國に聞ゆ 暁天(ぎょうてん)の群客 恰(あたか)も雲の如し 百餘の競馬 數(しばしば)樂(がく)を成し 供し得たり神前に武と文を |
22 同神幸 凛列風寒夜四更 山間路暗不分明 神輿幸處聲如湧 父老稚兒拍手迎 |
同神幸(どう しんこう) 凛列(りんれつ)として風寒し 夜四更(しこう) 山間 路暗く分明ならず 神輿(しんよ) 幸(みゆき)しし處(ところ) 聲湧くが如く 父老稚兒 拍手して迎う |
23 同還幸 炬光忽滅一蹤通 滿鼻香烟冥漠中 唯聞玉笛與人籟 拜送神與次第東 |
同還幸(どう かんこう) 炬光 忽ち滅す一蹤(しょう)の通(みち) 滿鼻の香烟 冥漠(めいばく)の中(うち) 唯聞く 玉笛と人籟(じんらい)と 拜して神與の次第の東するを送る |
24 遍昭院懸鳥 供得盛牲獣又禽 不増不減古猶今 年々二十二三日 遍昭院中作肉林 |
遍昭院懸鳥(へんじょういんのけんちょう) 供し得たり 盛牲 獣又(また)禽 増せず減せず古(いにしえ)猶(なお)今の如し 年々 二十二三日 遍昭院中 肉林を作す |
25 酒 四方爭買平城酒 風味美丼到口清 初霜末廣皆奇醸 能使豪徒醉不醒 |
酒 四方 爭い買う 平城(へいじょう)の酒 風味美丼(びせい)口に到りて清し 初霜(はつしも) 末廣(すえひろ) 皆 奇醸(きじょう) 能く豪徒をして醉うて醒(てい)ならず |
26 茶粥 茶粥鄙名萬里通 誰知節儉古時風 不論晴雨暑寒日 朝暮竃煙簇市中 |
茶粥(ちゃがゆ) 茶粥の鄙名(ひめい) 萬里に通ず 誰れか知る 節儉古時の風 論ぜず 晴雨暑寒の日 朝暮 竃煙(そうえん)市中に簇(むら)がる |
27 布 今古名高寧樂布 衆人競衣歩炎陽 請看般若寺邊北 恰似漫々雪後岡 |
布(ふ) 今古より名高き寧樂の布 衆人競い衣(き)て炎陽を歩く 請う 看よ般若寺邊の北 恰(あたか)も似たり 漫々として雪後の岡に |
28 墨 元是紅燈滿室煙 製來翠色隘花箋 風流自結文詩友 松井芳名與墨傳 |
墨 元是れ 紅燈 室に満つ煙 翠色を製し来たりて 花箋に隘(あふ)る 風流自ら結ぶ 文詩の友 松井の芳名 墨と與(とも)に傳う |
29 團扇 要識平城團扇巧 素紈青竹引凉風 不憂三伏炎々熱 一掃驅除掌握中 |
團扇(だんせん) 識るを要す 平城の團扇の巧なるを 素紈(そがん)青竹 凉風を引く 憂えず 三伏(さんふく)の炎々たる熱 一掃して驅除す 掌握の中 |
30 木偶 寸餘木偶窮奇巧 五采燦然存古風 請看形勢渾生色 不與尋常剪刻同 |
木偶(もくぐう) 寸餘の木偶 奇巧を窮(きわ)め 五采燦然(さんぜん)として古風を存す 請う看よ 形勢渾(すべ)て生色 尋常の剪刻(せんこく)と同じからず |
31 木辻 此郷無夜不春陽 連戸張燈凝艶粧 別有檐前老婆立 慇懃誘引富家郎 |
木辻 此の郷(ごう)夜として春陽ならざるなし 連戸の張燈 艶粧を凝らす 別に檐前(たんぜん) 老婆の立つ有り 慇懃(いんぎん)に誘引す富家の郎を |
32 南大門納涼 風吹水上新凉起 月出山間爽氣澄 夜々來酌多少客 野肴濁酒價尤增 |
南大門納涼(なんだいもんののうりょう) 風は水上に吹き 新凉起る 月は山間に出て爽氣澄む 夜々(よよ)來りて酌(く)む 多少の客 野肴(やこう)濁酒 價尤(もっと)も增す |
33 東大寺鐘 八景之一 元是古鐘第一名 家々驚夢枕邊聲 癡雲假使蔽山月 淸濁慣聞卜雨晴 |
東大寺鐘 八景之一 元是れ古鐘第一の名あり 家々の夢を驚かす枕邊の聲 癡雲(ちうん)假使(かり)に山月を蔽(おお)うも 淸濁慣れ聞きて雨晴を卜す |
34 猿澤月 二 月照寒波見本眞 空中不著一分塵 難掬淸光池底玉 碎為数丈躍龍鱗 |
猿澤月 二 月 寒波を照らし本眞見(あら)わす 空中 一分の塵を著(つ)けず 掬い難し 淸光 池底の玉 碎(くだ)けて数丈となり 龍鱗を躍らす |
35 轟橋行人 三 左寺鐘聲度暮山 凄風吹盡雨潸々 可憐行客笠簑重 橋上相呼率馬還 |
轟橋行人(とどろきばしのこうじん) 三 左寺の鐘聲 暮山を度(わた)り 凄風(せいふう)吹き盡して雨潸々(さんさん)たり 憐む可(べ)し 行客の笠簑(りゅうそう)重きを 橋上相呼びて 馬を率(ひき)いて還る |
36 春日野鹿 四 樹下呦々日作群 能馴行客嗅紅裙 要知奇獸適神意 不食葷唯食野芹 |
春日野鹿(かすがののしか) 四 樹下に?々(ゆうゆう) 日(ふび)群を作す 能く行客に馴れて紅裙(こうくん)を嗅(か)ぐ 知るを要す 奇獸 神意に適(かな)い 葷(くん)を食せず 唯(ただ) 食野芹(やきん)を食う |
37 雲井坂雨 五 忽來雲井坂頭雨 雨脚沛然日亦燻 旅客待晴待樹下 如何禁得度山雲 |
雲井坂雨(くもいざかのあめ) 五 忽(たちまち)に來るは雲井坂頭の雨 雨脚沛然(はいぜん)として日も亦(ま)た燻(く)る 旅客 晴るるを待つ松樹の下 如何(いかん)ぞ禁じ得ん山雲の度るを |
38 三笠山雪 六 暁望三峰雪色奇 玲瓏積玉作容姿 寒空臘月北風日 却似春光花發時 |
三笠山雪(みかさやまのつき) 六 暁に三峰を望めば 雪色奇なり 玲瓏(れいろう)たる積玉 容姿を作す 寒空臘月北風の日 却って似たり春光花發するの時に |
39 南圓堂藤 七 紫藤花發古堂春 麋鹿馴來朝暮親 應知相國中誠至 卜得藤家功德新 |
南圓堂藤(なんえんどうのふじ) 七 紫藤 花發す 古堂の春 麋鹿(びろく)馴れ來りて 朝暮に親しむ 應(まさ)に知るべし 相國の中誠の至れるを 卜(ぼく)し得たり 藤家の功德新(あらた)なるを |
40 棹川蛍 八 飛螢點々四無聲 影照清流滅又明 昔時貧士案頭物 今日計來八景成 |
棹川蛍(さほがわのほたる) 八 飛螢 點々として 四(よも)に聲無く 影は清流を照らし 滅し又明(あか)し 昔時貧士案頭の物 今日計(かぞ)え來れば八景成る |
41 洞楓 洞口水寒紅樹稠 聞身衣錦似無憂 去年遊客今班白 不識楓林歴幾秋 |
洞楓(どうふう) 洞口水寒く 紅樹稠(しげ)し 聞く 身は錦を衣(き)て 憂 無きに似たると 去年の遊客 今 班白(はんぱく) 識らず 楓林幾秋を歴(へ)しかを |
42 八重櫻 名高千載古櫻花 一種芳粧春色奢 世人不識孰眞種 老幹僅存衲子家 |
八重櫻(やえざくら) 名は千載に高し 古櫻の花 一種の芳粧 春色奢(しゃ)なり 世人は識らず 孰(いず)れか眞種なるを 老幹 僅(わずか)に存す 衲子(のうし)の家 |
43 東金堂松 龍松一樹昔誰栽 千載陵霜遠俗埃 蓊鬱縦横古堂下 四時不改供如來 |
東金堂松(とうこんどうのまつ) 龍松一樹 昔誰(だれ)か栽(う)えたる 千載霜を陵(しの)いで俗埃(ぞくあい)を遠ざく 蓊鬱(おううつ)として 縦横たり 古堂の下 四時(しいじ)改めずして如來に供(きょう)す |
44 楊貴妃櫻 楊貴妃櫻朶々花 春容恰似向人誇 身在山階清浄境 不知香夢落誰家 |
楊貴妃櫻(ようきひざくら) 楊貴妃の櫻 朶々(だだ)の花 春容は恰も似たり 人に向かって誇るに 身は在山階清浄の境に供って 知らず 香夢の誰が家にか落つるを |
45 瀧坂楓 吟筇只爲貪幽境 小徑躋攀伴採薪 一片秋光難記得 紅楓爛漫幾佳人 |
瀧坂楓(たきさかのかえで) 吟筇(ぎんきょう) 只(た)だ幽境を貪(むさぼ)るを為す 小徑を躋攀(せいはん)せるは 採薪(さいしん)を伴とす 一片の秋光 記し得難く 紅楓 爛漫として佳人に幾(ちか)し |
46 荒池楓 荒池之上幾株楓 織作濃紅與淡紅 秋色殊悲麋鹿喚 錦茵踏破陽中 |
荒池楓(あらいけのかえで) 荒池之上(ほとり) 幾株(いくしゅ)の楓 織り作す 濃紅と淡紅と 秋色 殊(こと)に悲し 麋鹿の喚(さけ)べば 錦茵(きんいん) 踏破す 夕陽の中 |
47 手向山 詩嚢挂在弧筇上 吟歩翫秋寥落中 一瓢傾盡天昏黑 閑對丹楓弔菅公 |
手向山(たむけやま) 詩嚢(しのう)挂(か)かりて弧?(こよう)の上に在り 吟歩し秋を翫(め)ず 寥落(りょうらく)の中 一瓢(ぴょう) 傾け盡(つく)せば 天 昏黑たり 閑(しず)かに丹楓に對し 菅公を弔(とぶら)う |
48 十三鐘 入夢山階寺裏鐘 半醒半睡計來慵 心頭得八指頭四 最後一聲被雨對 |
十三鐘(じゅうさんしょう) 夢に入る山階(やましな)寺裏(じり)の鐘 半醒(せい)半睡(すい)計(はか)り來りて 慵(ものう)し 心頭八を得るも指頭は四なり 最後の一聲雨に對ぜらる |
49 断角 城中毎歳秋分日 深閉里門麋鹿囚 須臾斷盡幾多角 購得或爲簾上鉤 |
断角(だんかく) 城中 毎歳秋分の日 深く閉里門を閉(とざ)し 麋鹿(びろく)囚(とら)わる 須臾(しゅり)にして斷(た)ち盡(つく)す 幾多の角(つの) 購(あがな)い得て 或は簾上(れんじょう)の鉤(こう) と為す |
50 寶藏院槍術 四面縦横十字槍 潜龍深蟄海鴎翔 順逆陰陽退還進 鉾鋩所向勢難當 |
寶藏院槍術(ほうぞういんのそうじゅつ) 四面に縦横たり 十字の槍 潜龍のごとく深く蟄(かくれ) 海鴎のごとく翔(かけ)る 順逆陰陽 退き還(また)進む 鉾鋩(ほうぼう) 向う所 勢 當り難し |
51 心經會 数巻心經功德隆 亭々神木四圍中 遠近來看人雑集 紙幢倒處卜年豊 |
心經會(しんぎょうえ) 数巻の心經 功德隆(たか)く 亭々たる神木 四圍(しい)の中(うち) 遠近より來り看て 人雑(まじ)り集まる 紙幢(しどう) 倒るる處 年豊を卜す |
52 薪能 猿樂知應祓禊遺 春風二月雨収時 年々南大門前地 夜々然薪万古規 |
薪能(たきぎのう) 猿樂は知る 應(まさ)に祓禊(ふっけい)の遺(い)なるべし 春風二月 雨収まるの時 年々南大門前の地 夜々(よよ) 薪を然(もや)すは万古の規 |
53 古帝陵 蓬莱山上紫烟深 幽寂會無一鳥侵 威靈所發山鳴動 宛似微雷十里音 |
古帝陵(こていりょう) 蓬莱(ほうらい)山上 紫烟深く 幽寂(せき)會(かつ)て 一鳥の侵す無し 威靈發する所 山鳴動し 宛(あたか)も似たり 微雷 十里の音に |
54 若艸山蕨 若艸山頭紫蕨多 帶烟承露吐春和 年々士女漫携去 昭代不聞弧竹歌 |
若艸山蕨(わかくさやまのわらび) 若艸山頭(じゃくそうさんとう) 紫蕨(しけつ)多し 烟を帶び 露を承け 春和を吐く 年々士女 漫(そぞろ)に携え去り 昭代聞かず 弧竹の歌 |
55 鶯瀑 飛泉迸下幾千尋 日夜涓々似奏琴 堪驚俯仰春遅速 氷在幽渓花在岑 |
鶯瀑(おうばく) 飛泉迸下(へいか)す 幾千尋 日夜 涓々(けんけん)として奏琴に似たり 驚くに堪えたり 俯仰すれば春の遅速なるに 氷は幽渓に在り 花は岑に在り |
56 幸徳井 暦道由來非小枝 四時百物得相宜 先人卜地野田里 赫々家名世上知 |
幸徳井(こうとくい) 暦道(れきどう) 由來小枝に非ず 四時(しいじ) 百物 相(あ)い宜(よろ)しきを得 先人 地を卜す 野田の里 赫々(かくかく)たる家名 世上に知らる |
57 三綱 憶昔豪風山外振 不知經歴幾多春 流落僅存三四戸 渾為南北両門臣 |
三綱(さんごう) 憶(おも)う 昔 豪風 山外に振(ふる)い 知らず 幾多の春を經歴せしやを 流落して僅(わず)かに存す 三四戸 渾(すべ)て 南北両門臣となる |
58 社家 神護景雲年間 神従鹿島來中臣時風秀行扈従之云 曾聞神護景雲日 百里扈従弟與兄 今看中臣兄弟末 綿々相受久滋榮 |
社家(しゃけ) 神護景雲年間 神 鹿島従り來り 中臣時風・秀行之に扈従すると云う 曾(かつ)て聞く 神護景雲(じんごけいうん)の日 百里扈従(こじゅう)す 弟と兄と 今に看る 中臣兄弟の末 綿々と相受けて久しく滋榮す |
59 衆徒 慶長年間 東照宮賜腰刀二十家 二十恩刀二十家 世官世祿世亨嘉 二月薪蒹少宮祭 従來執法使無差 |
衆徒(しゅうと) 慶長年間 東照宮 腰刀を二十家に賜う 二十の恩刀 二十の家 世々(よよ)官し 世々(よよ)祿し 嘉(よしみ)を亨(う)く 二月薪蒹(しんけん) 少宮祭 従來 法を執りて無差執無から使む |
60 樂人 樂伶元是異邦人 歸化日東寵命新 莫謂世間素食者 五音和得四方民 |
樂人(がくじん) 樂伶(がくれい)は元(もと)是(これ)異邦人 日東に歸化して寵命新たなり 謂う莫(なか)れ 世間に素食(そさん)せる者と 五音もて和し得たり 四方の民 |
61 長谷川 祖業繼來幾百春 今猶不廢祭儀新 戎衣騎馬堂々去 不似太平天下人 |
長谷川(はせがわ) 祖業繼(つ)ぎ來たる幾百の春 今猶(な)お廢せず 祭儀新(あらた)なり 戎衣 馬に騎りて堂々と去り 太平天下の人に似ず |
62 上司 盛服嚴然錦繍袍 不辭一社一人勞 誠心自是適神意 数世綿々爵位高 |
上司(かみつかさ) 盛服嚴然たり 錦繍の袍(ほう) 辭さず一社一人の勞 誠心自(おのず)から是(こ)れ神意適(かな)う 数世綿々として爵位高し |
63 唯摩會 七夜成群七寺僧 千年挑得佛前燈 會中天下空漁獵 當識唯摩經德弘 |
唯摩會(ゆいまえ) 七夜 群を成す 七寺の僧 千年 挑(かかげ)得たり 佛前の燈 會中 天下 漁獵を空しくす 當(まさ)に識るべし 唯摩經の德の弘(ひろ)きを |
64 懸衣柳 千絲春緑池塘柳 繋月籠煙蜜又疎 天然美女有情態 夜々風前誰為梳 |
懸衣(けんい)の柳 千絲 春に緑なり 池塘の柳 繋月(けいげつ)籠煙(ろうえん)蜜又(ま)た疎(そ) 天然の美女 情有るの態 夜々風前 誰が為に梳(くしけづ)る |
65 瑞景寺眺望 従來此地梵僧栖 十里平田望欲迷 図識晩晴朝靄好 笠峯駒嶺峙東西 |
瑞景寺(ずいけいじ)の眺望 従來 此の地 梵僧栖む 十里平田 望みて迷わんと欲す 図(はか)り識る 晩晴と朝靄(あい)の好からん 笠峯 駒嶺 東西に峙(そばだ)つ |
66 眉間寺眺望 寺在閑雲寂寞中 世塵相隔萬緑空 欄前最愛絶風景 寧樂諸山一望通 |
眉間寺の眺望 寺は在り 閑雲寂寞の中 世塵相い隔たり 萬緑空(むな)し 欄前 最も愛す絶風景 寧樂の諸山 一望に通ず |
67 南大門眺望 山階壇上地方平 佇立春風二月晴 天南指點鳥飛處 十里遥峯高取城 |
南大門の眺望 山階壇上 地 方平にして 春風に佇立(ちょりつ)すれば 二月晴なり 天南 指點す 鳥飛ぶ處 十里遥峯は高取城 |
68 若草山眺望 遠望金峯近木川 下看寧樂萬家連 幽人別有苦吟處 幾點歸鴉閃暮天 |
若草山の眺望 金峯を遠望し 木川近し 下(しも) 寧樂(ねいらく)萬家の連なるを看る 幽人別に苦吟する處あり 幾點の歸鴉(きあ) 暮天に閃(せん)す |
69 猿澤 猿池春漲緑漫々 幾隊遊魚日自間 多少旅人投果餠 紅浮白舞水光班 |
猿澤 猿池(えんち) 春に漲(みな)ぎり 緑漫々たり 幾隊の遊魚 日(ひび)自(おのずか)ら間なり 多少の旅人 果餠(かかん)を投じ 紅きは浮き 白きは舞う 水光の斑 |
70 笠峯月 晩風吹起片雲無 愛見笠峯夜色殊 碧杉疎處一輪上 恰似蟠龍吐寶珠 |
笠峯(りゅうほう)の月 晩風 吹き起り 片雲無く 愛(いつくし)み見る 笠峯 夜色の殊なるを 碧杉 疎なる處 一輪 上り 恰(あたか)も 似たり 蟠龍の寶珠を吐くに |
71 同 春 黄昏素月挂山隅 翠色清光影相扶 淡煙数沫白如水 自是娥眉一幅圖 |
同 春 黄昏(こうこん)素月(そげつ) 山隅に挂(かか)り 翠色 清光 影相扶(あいたすく) 淡煙 数沫(まつ)白きこと水の如(ごと)く 自(おのずか)ら是れ娥眉(がび一幅の圖なり |
72 同 夏 暮天雲起奔雷響 晴見笠峰月色磨 忘却人間三伏熱 清光照處夜凉多 |
同 夏 暮天雲起り 奔雷(hおんらい)響く 晴れて見る 笠峰(りゅうほう)の月色磨けるを 忘却す 人間(じんかん)三伏(さんぷく)の熱 清光照す處 夜凉(やりょう)多し |
73 同 秋 仰看三笠初更月 玉鏡磨來掛翠微 露氣横空秋萬里 一聲何處宿鴉飛 |
同 秋 仰いで看る三笠初更(しょこう)の月 玉鏡 磨き來り 翠微(すいび)に掛る 露氣 空に横たわり 秋 萬里 一聲 何(いず)れの處にか宿鴉(しゅくあ)飛ぶ |
74 同 冬 笠峯々上月如盤 皎々亭々照雪巒 須臾雲起埋光去 寧樂街中萬戸寒 |
同 冬 笠峯 峯上 月 盤の如く 皎々(こうこう)亭々(ていてい)として 雪巒(せつらん)を照らす 須臾(しゅゆ)にして雲起り 光を埋めて去り 寧樂(ねいらく) 街中 萬戸寒し |
75 笠峰雨 翠峰漠々起煙雲 山北山南望不分 東風吹起連朝雨 数寸肥來水谷芹 |
笠峰(りゅうほう)の雨 翠峰(すいほう)漠々(ばくばく)として 煙雲起り 山北 山南 望めども 分ならず 東風 吹き起る 連朝の雨 数寸 肥え來る 水谷(みや)の芹(せり) |
76 同虹霓 雨餘忽現一條虹 五色連綿作麗容 日斜好景畫難就 数丈彩橋横碧峰 |
同 虹霓(どう こうげい) 雨餘 忽(たちま)ち現る 一條の虹 五色 連綿として 麗容を作(な)す 日 斜(ななめ)にして 好景 畫(えが)くも 就(な)し難(がた)く 数丈の彩橋(さいきょう) 碧峰に横たう |
77 同霞 燦々謄光数抹霞 暁天染出翆峰花 虹錦須臾風吹去 散為點々幾多鴉 |
同 霞(どう か) 燦々(さんさん)たる謄光(とうこう) 数抹(すうまつ)の霞(か) 暁天 染め出だす 翆峰の花 虹錦 須臾(しゅゆ)にして 風 吹き去り 散じて 點々たり 幾多の鴉 |
78 同朝暾 東方初白動晨光 山半須臾作暁粧 松杉閃々看難認 数點飛鴉亂旭陽 |
同 朝暾(どう ちょうとん) 東方初めて白(しら)み 晨光(しんこう)を動かす 山半(さんぱん) 須臾(しゅゆ)にして 暁粧(ぎょうしょう)を作す 松杉(しょうさん) 閃々(せんせん)として 看るも認め難し 数點の飛鴉(ひあ) 旭陽(きょくよう)に亂る |
79 同暮色 旅店懸燈月未生 疎星淡々暮天晴 遠近諸山入煙霧 笠峰翆色獨分明 |
同 暮色(どう ぼしょく) 旅店 燈を懸(つる)し 月未(いま)だ生ぜず 疎星 淡々として 暮天晴る 遠近の諸山 煙霧に入り 笠峰の翆色 獨り分明なり |
80 同獮猴 老杉森列鬱平城 無暮無朝黯色横 旅人常苦夢難就 多少獮猴叫月明 |
同 獮猴(どう びこう) 老杉(ろうさん) 森列(しんれつ)して 平城に鬱(う)たり 暮と無く 朝と無く 黯(あん)色横わる 旅人常に苦しむ 夢の就き難きを 多少の獮猴 月明に叫(さけ)ぶ |
81 垂井月 旅亭燈暗四無聲 夜色凄然欲二更 水上籠煙垂井月 時聞野鹿隔林鳴 |
垂井(たるい)の月 旅亭の燈(ともしび)暗くして四(よも)に聲なし 夜色 凄然(せいぜん)として 二更(にこう)ならんと欲す 水上に煙を籠たり 垂井の月 時に聞く 野鹿の林を隔(へだ)てて鳴くを |
82 興福寺兩磬 四濱浮磬為黄鐘 華原磬為双鐘 泗濱浮磬華原磬 六律五音由此生 其孰黄鐘就双調 法王今日聽分明 |
興福寺の兩磬(りょうけい) 四濱浮磬(しひんふけい)は 黄鐘(こうしょう)を為し 華原磬(かげんけい)は 双鐘(そうしょう)を為す 泗濱の浮磬と華原の磬 六律五音(りくりつごいん) 此れより生ず 其れ孰(いず)れか 黄鐘 双調を就(な)すや 法王 今日聽けば 分明なり |
83 菅公廟 青松翆竹小村中 祠在喜光寺裡東 神靈最著旱天日 祈雨油然雲滿空 |
菅公廟(かんこうびょう) 青松翆竹 小村の中 祠は在り 喜光寺(きこうじ)裏の東に 神靈 最も著(あらわ)る 旱天(かんてん)の日 雨を祈れば 油(ゆう)然として 雲空に滿つ |
84 春日野虫 西風吹盡舊都秋 滿地萋々野草稠 鳴蟲咽露月明裡 一夜凄凉引客愁 |
春日野(かすがの)の虫 西風 吹き盡す 旧都の秋 滿地 萋々(せいせい)として 野草 稠(しげ)し 鳴蟲 露に咽(むせ)ぶ 月明(げつめい)の裡(うち) 一夜 凄凉(せいりょう) 客愁を引く |
85 二月堂修二会 俗曰御炬火二月朔至十四日 行立韃靼法云 欄前炬火幾多連 看怪忽焉佛閣然 毎歳修來韃靼法 慈悲結得衆生縁 |
二月堂修二会 (にがつどうしゅにえ) 俗に御炬火(ぎょきょか)と日う。 二月朔より十四日に至り、韃靼(だったん)法を行うと云う。 欄前(らんぜん) 炬火(きょか) 幾多連なり 看るみる 怪む 忽焉(こつえん)として佛閣の然(もゆ)るかと 毎歳 修め來る 韃靼の法 慈悲もて結び得たり 衆生(しゅじょう)の縁(えん) |
86 垂井旅舎 旅舎相連八九軒 晩來無戸不塵喧 一床同伏四方客 歸思分飛幾夢魂 |
垂井(たるい)の旅舎(りょしゃ) 旅舎相い連(つらなること)八九軒 晩來(ばんらい) 戸として塵喧(じんけん)ならざるなし 一牀(しょう)に同臥(どうか)す 四方の客 歸思 分れ飛ばす 幾夢魂(いくむこん) |
87 鍋鋳 鋳鍋鋳釜黒門邊 鋳釜鋳鍋即鋳錢 城中見慣常無怪 火氣照雲又照天 |
鍋鋳(かちゅう) 鍋(か)を鋳し 釜(ふ)を鋳す 黒門の邊(あたり) 釜(ふ)を鋳し 鍋 鋳するは即ち錢を鋳するなり 城中見慣れて常(かつ)て怪無し 火氣 雲を照らし 又天を照らす |
88 正倉院 一曰三倉藏欄麝待紅塵香 蠻寶珍器滿正倉 倉戸勅封曾秘藏 二種名香天下識 東來在此幾星霜 |
正倉院 一に三倉と日う。 欄麝待(らんじゃたい)・紅塵香(こうじんこう)を藏せり。 蠻寶珍器(ばんぽうちんき) 正倉に滿ち 倉戸(そうこ) 勅封(ちょくふう)して曾(かつ)て秘藏す 二種の名香 天下に識らる 東來して此(ここ)に在ること 幾星霜 |
89 八幡池 鏡様神池禁釣漁 梵王宮映影煇如 中央有島人難到 立数波頭繍尾魚 |
八幡池(はちまんいけ) 鏡様(きょうよう)の神池 釣漁(ちんぎょ)を禁ず 梵王(ぼんおう)の宮(きゅう) 映(うつ)りて 影 煇如(きじょ)たり 中央 島有るも 人到り難し 数波頭を立つるは 繍尾(しゅうび)の魚 |
90 景淸門 古門千載有英名 里俗今猶呼景淸 双扉不鎖還無守 檐角喧々暮雀鳴 |
景淸門(かげきよもん) 古門 千載(せんざい)英名有り 里俗 今猶(な)お景淸と呼ぶ 双扉鎖(と)ざさず 還(ま)た 守無し 檐角(えんかく) 喧々(けんけん)として 暮雀(ぼじゃく)鳴く |
91 釆女祠 在猿澤上往昔釆女投身猿澤之日 懸衣柳樹今懸衣柳是也 一片貞心投棄身 芳魂千載作靈神 行人悵望懸衣柳 水上依然媚幾春 |
釆女(うねめ)の祠(し) 猿澤の上(ほとり)に在り。往昔釆女身を猿澤に投ずるの日 衣を柳樹に懸く。今の懸衣の柳是れ也 一片の貞心 身を投棄し 芳魂(ほうこん)千載 靈神と作(な)る 行人(こうじん) 悵望(ちょうぼう)す 懸衣の柳 水上 依然として媚(こ)ぶること幾春ぞ |
92 池邊酒亭 池邊樓上日繁華 有酒有肴風味嘉 遊人多少茲來飲 不覺酒量分外加 |
池邊(ちへん)の酒亭(しゅてい) 池邊の樓上 日に繁華 酒有り 肴(こう)有り 風味嘉なり 遊人 多少 茲(ここ)に來りて飲み 覺えず酒量 分外(ぶんがい)に加うるを |
93 氷室祠 蜜樹森々掩緑扉 廟前晝暗客來稀 百尋氷室今猶在 毎歳暮秋此享祈 |
氷室(ひむろ)の祠(し) 蜜樹 森々(しんしん)として緑扉(りょくひ)を掩(おお)う 廟前(びょうぜん) 晝暗く 客の來ること稀(まれ)なり 百尋(ひゃくじん)の氷室(ひょうしつ) 今猶お在り 毎歳 暮秋 此(ここ)に享(きょう)して祈(いの)る |
94 多門山 昔時久秀此震威 奸計暴行作百非 多門山上今何見 唯有老松帯落暉 |
多門山(たもんざん) 昔時(せきじ) 久秀(ひさひで) 此(ここ)に威を震う 奸計(かんけい) 暴行 百非(ひゃくひ)を作(な)す 多門山上 今何をか見る 唯(た)だ老松の落暉(らっき)を帯ぶる有(あ)り |
95 誕生寺 在三棟街中将姫誕生處云 法尼解脱謝塵縁 千載孝成身亦全 今看豊成断碑在 誕生寺裡美名傳 |
誕生寺(たんじょうじ) 三棟(みつむね)街に在り、中将姫(ちゅうじょうひめ)誕生する處と云う 法尼(ほうに) 解脱(げざつ)し 塵縁(じんえん)を謝す 千載孝成(こうな)り 身も亦た全(まった)し 今に看る 豊成(とよなり)の断碑在るを 誕生寺裡 美名傳わる |
96 隔夜僧 隔夜往来隔夜僧 或休初瀬或平城 忘却人間貧富事 緇衣荷笠一身輕 |
隔夜僧(かくやそう) 夜(よ)を隔(へだ)てて往来する 隔夜僧 或は初瀬に休み 或は平城にあり 忘却す 人間(じんかん) 貧富の事 緇衣荷笠(しいかりゅう)一身輕(かろ)し |
97 武蔵亭 西風早到武藏亭 墨客詩人携手行 後庭蟲與前峰鹿 夜々悲秋鳴月明 |
武蔵亭(むさしてい) 西風早く到る 武藏亭 墨客(ぼっかく)詩人 手を携(たずさえ)て行き 後庭の蟲と 前峰の鹿と 夜々(よよ)秋を悲しみ 月明に鳴く |
98 蝙蝠窟 在春日山中 老杉如蓋鎖巖戸 外隘中宏晝亦冥 蝙蝠成群驚客到 幽渓百尺水冷々 |
蝙蝠(こうもり)の窟(いわや) 春日山中に在り 老杉(ろうさん) 蓋(ふた)の如く 巖戸(がんけい)を鎖(とざ)し 外は隘(せま)く 中宏(ひろ)くして 晝亦(ま)た冥(くら)し 蝙蝠(こうもり) 群を成して 客の到るに驚く 幽渓百尺(ひゃくしゃく) 水冷々たり |
99 水谷 流水響寒水谷川 松杉鬱々籠嵐煙 薄暮休來買茶店 老猿驚走古橋邊 |
水谷(みずや) 流水 響きて寒し 水谷川(みずやがわ) 松杉(しょうさん) 鬱々(うつうつ)として 嵐煙(らんえん)を籠(こ)む 薄暮(はくぼ) 休み來りて 茶店に買う 老猿(ろうえん) 驚き走る 古橋の邊 |
100 花井 |
花井(かせい) 東金堂後 井泉 清し 澄澈玲瓏(ちょうてつれいろう) 汲(く)むに随って生ず 豈(あ)に獨り 煎茶(せんちゃ)の爐上(ろじょう)に用いんや 一杯 能く解く数朝の醒(せい) |
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