興福寺中金堂御落慶慶讃
宝蔵院流槍術・柳生新陰流兵法
興福寺奉納演武会
月刊「武道」 平成30(2018)年12月日本武道館発行

宝蔵院流高田派槍術 第二十一世宗家 一箭順三

奉納演武する一箭順三宗家と門人

 宝蔵院流槍術は、柳生新陰流兵法柳生耕一第二十二世宗家と共に興福寺中金堂落慶を慶讃し、10月20日、演武を奉納させて頂きました。
 興福寺は和銅3年(710)年に創建、しかし中核中金堂(ちゅうこんどう)は、享保2(1717)年の火災以降は仮堂でした。多川俊映(しゅんえい)貫首(かんす)は、平成元(1989)年に就任されてより天平の文化空間の再構成を目指し再建を発願、20年の歳月をかけ301年ぶりに中金堂を再建されたのでした。
 諸国行脚中の剣聖上泉信綱(かみいずみ のぶつな)師は、永禄6年(1563年)、興福寺宝蔵院に来たり、迎えた宝蔵院胤栄(いんえい)と柳生宗厳(むねとし)は卓越した神技に感銘を受けともに弟子入りし、各々の流派は創始、発展へと繋がりました。
 そのご縁は今日にまで及び、槍と剣二大流派が興福寺中金堂南大門基壇に会して落慶を慶讃し、ご本尊釈迦如来様に日頃研鑽の成果を心をこめて奉納させていただきました。この日は天候にも恵まれ1000人の観客皆様にもご堪能いただくことができたことと存じます。
 455年前、この堂前を共に肩を並べ歩いておられたであろう泉下の胤栄・宗厳両流祖もお慶びくださっておられると確信いたしました。


奉納演武する柳生耕一宗家と門人

当流ゆかりの巨石、摩利支天石で法要を行う

興福寺、柳生新陰流兵法剣術、宝蔵院流高田派槍術の関係者が一堂に会す

2018.12.18