(満田家所蔵)
十文字鎌兵法
初心百首歌
1 | 文の道をよろひて武をハかふとにし心を別に平生にもて | |
文武は車の輪の如しといへり。片輪にては道に達せず。内に文を修め、外に武を備へて甲胃を着たるが如く心を別に持つべしとなり。萬物都て理を窮されば心剛の成就しがたし。少しも疑惑有ときは臆病出べきなり。 | ||
2 | 武士の正しき人の上ならハ教へてもよし鎌の道すし | |
身の上の正直律儀なる人柄を見定て当流の習ひを教ゆべしとなり。不直邪曲の者には教ゆべからず。 | ||
3 | 大将ハ心をてらしかけ引の千変万化身をハはけませ | |
武藝は単騎の者の勤とのみ思ふべからず。大将はことに伎 |
||
4 | 君のため思ふにつけて朝夕に心にかけよや鎌の兵法 | |
鎌鎗の教へは天理に随ひ正直を修行の本とする事なれば、忠信の人は手事も心理もに帰して會得なり易かるべし。 | ||
5 | ||
人をあなどり笑ふ事毫釐も有べからず。習はぬ先は我も同じく初心なり。 | ||
6 | 面をはたゝ何となく程拍子風にしたかふ青柳の糸 | |
面には遠山の月を望が如しといへり。顔は心の華を顕すものなれば、たゞ何となく中正なる心の花を顕はし悦眼第一なるべし。 | ||
7 | 伏起しかすき打はりからふにも格に背て手間延すな | |
手間は我身のたか斗りを以三尺に持拳の伏を起しか |
||
8 | 肩臂をはるのみならす浮沈ミ表に見やるのりたてハあし | |
かたひぢより顔かたちに至る迄のりたてば角有て悪し。萬のさま圓形になるを上手とす。一圓相に成は修行成就の容躰なり。角は切れ目なり。角なきは圓相也。 | ||
9 | いやなるは顔振りきミ |
|
此百曲は天埋の正直にそむけり。天然自然の道にかなへば自から圓相に成身のかねの天然を考知るべし。 | ||
10 | 無器用に百曲あるも人々の稽古によりて鎗になるへし | |
孟子性は善なりとのたまへり、たとへ無器用なりとも信実を以て修行し正直を本意とせば百曲も次第に直り本然の圓相となるべし。 | ||
11 | 表をは仕合と思ひ仕合をは表と思ひ常にたしなめ | |
元祖覚禅房法印の門人中村市右衛門か歌にも、かつことは表のうちに有るものを心つくしに奥ならねそといへり。表の形形は上手同志の仕合を後世の規矩に残をく事なれば表は上手の仕合也。故に仕合表のかたの如くならぬは初心の下手ゆへなり。能々上手の志を考へ察すべし。 | ||
12 | 通ひ来てならふ心もあたならハ教有ともむなしかるらん | |
日々にかよい来るともあだなる心ならば心上手の教もむなし。たゞ信實を本として執心堅固の修行こそ専要なるべし。 | ||
13 | 度毎に情に入つゝなおしをハ備れと思ひて又も忘るな | |
一日の学は千金にかへかたしといへり。又たとへ金銭を山に積とも買求る事なるまじきは一日の学なり。怠るまじきを能々思ふべし。 | ||
14 | 御る心なき相弟子の中こそハ龍に雲とや人も見るらん | |
相手なくては手練のなりかたき道ゆへ相弟子の善を得たるは龍の雲を得るにひとしと也。 | ||
15 | 諸流をはとはふそしりそあしと見し難波の浦のよしもとそあれ | |
他流の事を容易にそしるべからず。長短の道具又遠近の間相真艸の位調子拍子の趣によつて千変萬化に遣ふ事あれば初心にては見極めかたき所の意味深長成物なり。 | ||
16 | 丸觜もまた働のつまされハよこしま鑓よわれ人のあた | |
丸觜は仕合の手引なれども形を傅受するまゝにて意味をしらねは仕合の用に達がたし。心の位を覚へ序破急の調子拍子を知り遠近の間相を知り備らねば我人のあだごと成べし。 | ||
17 | 引立る上手の鎗を頼へし紅葉の上の露ハくれない | |
我より目上の鎗の相手となれば紅葉の上の露にひとしくくれないにもうつり行べしとなり。 | ||
18 | 折にふれ所によりて長道具せまき場にてハ時の見合 | |
鎗のみを修行しては狭き場にて用にたちがたかるべしと初心は思ふ物なり。惣じて古法は長短の一味とて鎗術の修行を積、其位に至らでは知りがたし。修行して知るべし。 | ||
19 | かち気なる鎗のくらミは明やらてふミまよひたる千鳥足哉 | |
りは惣して勝負に勝気なるは大事 |
||
20 | 乱らかしむすほれ来る鎗ならハ心のまなこ見極ていれ | |
敵より散らし乱らかして来るか又はもたれむすほれて来る鎗には心眼を見ひらきて敵の鎗に眼を付べからず。いよいよ敵のしんぼうを見よ。しんぼうは顔と挙なり。 | ||
21 | 仕合して表の鎗を捨置は根をほしからす植木なるへし | |
仕合のみを修行ぞと思ひて教かたの表の道理を極めざれば、百年修行してもえきなし。たゞ表の真艸の理をよく會得せよ。真艸の理を窮むれば遠近を見分けて遅速の節を知り疑ひはれて心正しくなる也。然るときは表の真艸形は勝負の根本なり。其根本をはづれば枯木となるにたとへなり。 | ||
22 | 鎌ならふ心のあらハ身を直にみかきてきたへ二六時中に | |
此道に入修行せんと思ふ人は二六時中に心身の霊をいましむる事第一なり。心まつ直からざればかたちも |
||
23 | 器用にて心のたけき人あらハ見るもすなはち稽古なるへし | |
器用とは其器に当りて用ゆべき人也。たけきとは武道に備りたる人なり。ケ様の人は見るも稽古なりといへり。求めて近付べし。尤こゝろすなほ成はかたち器用なり。かたち器用なれば心もたけきなり。 |
||
24 | きれハ太刀なけハ長刀突ハ鎗徳の多きは十文字鎌 | |
鎌鎗には十字萬字の備へともに有りて心中に求めざる必勝の理あり。然れ共かまへの規矩鱗にひづみなし。進退の節に中り時中の位に至らざれば其徳なかるべし。 | ||
25 | 心ろ身にそはて働く十文字勝にはなれてあやのなきもの | |
26 | とりかけハをしへのことく遣ひなせ我もなけれハ敵もあるまし | |
とりかけとは敵に向ひ初るときを云也。教への如くとは遠間より敵と相機にかまへて出ることを云ふなり。初めのかまへは既に過去なれば空也。未来の何も形のなき所が直に現在となれば此所に実は有也。故に過去に事を置、心を未来に置べしとなり。有は過去となり、無は現在となるを能々覚悟すべし。 | ||
27 | いつとてもすきまあらすなすミ入れ勝て兜の緒をしむるまて | |
心をさきに進むるときは身も進む。心すゝまずして所作ばかり進めば、こけ込と来て悪し。身をすゝむるより足と心を一拍子に進めよとなり。又引にもすゝむ意味有べし。進むにもこけ込のすゝみとならぬ様を得心すべし。 | ||
28 | こらひてもまけぬにしかぬ鎗なからあやうき勝ハ好むへからす | |
表裏の事をなさんとて態々ころびて勝なと |
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29 | いきしにの習ありとて輪廻セはいつも心に極楽はなし | |
生死はこれ天命なり中 |
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30 | うつり気の心の花ハあたなれハいかてなかめに勝の有へき | |
色につき色に隋ふべしとの教なれども所作は敵の鎌色に隨ふにても心を動かさぬ修行第一也。心の眼は第一の定木なり。心の花は眼にうつり行てあだなる物なればうつらうつらとながめまじき也。ながめとは詠長雨の心をかねたる言葉なり。眼にて視るは必と頼かたし。心にて觀るを元として修行至れは察らかになる也。是を視觀察の習ひと心へべし。 | ||
31 | つくつくと心をこらせおのづから手足身ふりも鎌にまかせて | |
自然天然の理を窮是を心の本として心を正直の場におけば、手足身振まで鎗と一躰になる也。鎗は無心の物故正直也。鎗と躰と進退一つになれば心に應じて思はずしらず本道にいたりて思ふまゝの勝有べし。 | ||
32 | とりかける鎌鎗ハ志よりの |
|
鎌は志よりのつよみなりせば、相機相位にて互角の人なれば十文字万字の横手のつよみあり。有無とは己発未発の事なり。有無ともに心を用ひずして上鎗下鎗にも懸まるる鎌の徳は廣大なり。故に外にもらさじと云也。 | ||
33 | 立向ふうちにそれとは見へねとも取そむるより勝ぞ色つく | |
勝負は闘はざる以前にも疾その勝敗の色しれぬべしとや。孫子か曰、夫未戦而廟算するに多算勝ち、少算は不勝以此觀之勝負見と云はるが、遠間の内より位の應不應により下鎗上鎗見へて取初る鎗に勝負の色 |
||
34 | まけしとて勝たかるこそ入よけれ動きのかたく見ゆるむつかし | |
初心のうちは動く鎗を見てさわぎ立心を散さるれども動く鎗は下手鑓にて動き止らざれば突出す事はならず。動ぎ止る所は止め易し。かへつて動きのかたき |
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35 | 突出るセんをはぬりを清をとれやひとしつ敵ハ骨をおるもの | |
表の形艸の一本目又礒の浪などゝて突出す頭の |
||
36 | 鎌鎗屋直鎗長刀鎰鎗の仕合取掛品々にあり | |
相手何の道具を持来るとも何れにいかゝして勝べきと工夫をすれば眼に迷ひ心曇りてまくるなり。いか様の道具持たりとも我鎗を敵と相機にかまへて立出片尺に結びて止り三尺の位へぢりぢりとより付き一尺の位へうつると否間に髪をいれず敵の拳元を鎌にてとりて進み入るなり。敵の鎗の柄に我身を入込て後位をはづして突勝べし。尤我鎗の鋒先きを敵の手元に付れば諸道具とも委皆勝我に有もの也。三尺の位にて突は危し、一尺の位にて突かぬも危し。此両様時来らざるになすと時至て疑ふとともに誤りなればなり。 | ||
37 | 軍陣の鎗ハ身方の指物也ほろ立物にあたる心得 | |
此歌はよくきこへて深き意味はあらざれども治世にもよく覚悟せざれば、時にあひて思ひの外なるふかくを取ものなれば故人は承て此所迄も心を付て深切成教へなり。常に心を付置べし。 | ||
38 | 多人数をおし立ならふ鎌鎗や前後左右に気を付てよし | |
此 |
||
39 | 楯合や馬上の鎌や船の中習候傅ハ有とこそきけ | |
此歌も前に同じく極意の目録に出たり。 | ||
40 | さまこしや戸入茂ミに夜鎌心得てよし一手有るもの | |
此歌も同前なり常に覚悟すべし。 | ||
41 | とり向ふ心のさそさそなき人ハそれと見るより鎗屋はなる |
|
過急にとり向ふ時は先身のかためを第一とすべし。 |
||
42 | ||
裏ははりとはまづ敵の鎗を左に見るときは鎌を以て尻手を高く揚て拍り上るなり。前は巻かけとは敵の鎗を右に見るときは巻かけ或はかぶり上又は切落して入るとや。皆々表形に教へおかれて常に修行する事なれば仕合をすればつく出べき事なり。然れども初心の仕合は形の手一つも出ぬもの也。其所は全心中の動轉有故なり。能々考へ仕合も教形の如く成を本意とすべし。 | ||
43 | 鎗さはき眼なれともひへかけてたゝかふ鎌ハおくれかち也 | |
鎌の理を以て槍さばきするは当流の利運にて第一の目なれども鎌にてかけなんおさへなんと鎌の働らき色々のわざをなし敵の鎗を逐ひまはるはかへつておくれかちなり。唯一すじにしんぼうを目がけて敵の拳をはづすまじと心にかくべし。 | ||
44 | いつとなく工夫鍛練有人は無念無相の勝を知るらん | |
行住座臥に工夫鍛練有ればいつもなく上達して思ふともなく思はぬともなく心のまゝに事出来て無念無相のかちをしるらんと也。是則聲もなく臭もなきに至れる所なり。 | ||
45 | とりさわき是非に先へとせぐ人ハ手前崩てあき身多けれ | |
初心は先こく先々を勝もの |
||
46 | 静なる心の水に澄鎗ハ敵もくたきて泡と成らん | |
浪の立水には月影不レ澄西泉の湛へ水にこそ月はすみぬれ。又すむ水には消へてあだなる敵は泡ときへぬらんと也。たゞ瑜伽の法水を湛て三密の心月をすますべしとなり。 | ||
47 | あふきてもあふきたらぬハたゝ見込せつさ琢磨も |
|
眼に随ふて心うごけば見込こそ大切のものなれ。あふぎとふとむべきは見込の大事なりといへり。切瑳琢磨するも心の修行を第一として所作は第二也。帝口身込の秘事を忘るべからず。 | ||
48 | さりとてハ鎗に心を入れなから身をおしむゆへ未練なる |
|
敵に向ふときは生死の二つを出離をされはならず。我身を敵の鑓の鋒に当てのりこみ我鑓の鎌さきにては敵の鑓の元をせいすべし。然るときはかへつて死を出生に帰る也。身を惜みてにげのけば逃退ところにて突あてらるゝ物なり。是を未練と云也。 | ||
49 | たえすしも是そと思う理相をハ吟味をなして鎗を遣へよ | |
武術は事の修行第一なりとて理を吟味せぬ不覚者世に多し、夫天地の間に物として理のなきといふことは決してなし。愚味にして理のひらけざるを理外の理といふ。なんぞ理外 |
||
50 | 心には飛立程に思ふとも事おもとせはいかて勝らん | |
心には飛立ほどに思ふとも理をも窮めず事をのみおもひと心得たらば疑有つて敵に近付難し。それは負ざる理の不決故なり。不負に窮るときは則必勝の時至る是仕合第一の心得なり。古法の傅を以て教形を熟し習ふへし。所作より理を窮るを第一とすべしとの意なり。 | ||
51 | 心さしつよみ過ても肝要ハ手つまのきかぬ鎗ハ負へし | |
所作なく理斗りにても亦行ぬもの教訓なり理事は一躰なり。心ざし斗つよみ候とても所作の練磨を盡さざれば事の誤り多かるべし。 | ||
52 | 鎗筋のすくなるものを持なからよこしまかまへ罪ハのかれし | |
鎗は突の理有物也。然るを柄にてこじまはすは皆心のまよひなり。敵の鎗の鋒より入ればいらるゝなり。全く勝べしと思ひて我身の進退には心付す敵の道見にのみ心を付る其貪欲心より負となる能々愼べし。 | ||
53 | 年月をかさねて鎗の功をつみむかしの人の勝道をしれ | |
年月を重ね深長の理を窮むれば故人の誠実弥増に尊く成て文武一躰の事日々に信仰深く成べし。 | ||
54 | 所作にとひ心に答ひとり行道を知らすハ妙ハあるまじ | |
師傳を元より大切に覚へ自己にも昼夜工夫をなして獨り行道をしれよ。自得せざれは妙はあるましとや。天上天下唯我獨尊と云事有べし。 | ||
55 | うこく鎗たれ成らんと問ひ行ハ心の外に答てもなし | |
動く鎗はたが動すぞ屋元から鑓は死物なり。敵の心より外に動かすものなし。然は敵の心をとめよとなり。 | ||
56 | 十といふもとにかへりて見る時は勝ハ心の一ツ成けり | |
一二三四五六七八九十と算へて行は後一に帰る |
||
57 | 間つもりのあひたに顔を見てとれや先にかぬけれハ後にも負るそ | |
遠間のうちに間をつもり次には敵の顔を見るべし。顔は心の花なれば進退遅速ともに顔に顕れ備るなり。是見越しの目付也。 | ||
58 | いろいろに散しみすともおとろくなたゝ突鎗は一本そかし | |
色々に散し見するは表裏とて無用の事なり。拳を見ればいつも一つなり。槍先のみ上下左右に変化しても見ゆる也。本を見止てまよふましきなり。 | ||
59 | 下手はたゝ相手に心うくれてそつとそつと突くる鎗におとろく | |
ケ様の初心を導為に飛潜といふ教形あり心得べし。 | ||
60 | 極意とておしむは道のかたそよいへと答へぬ以心傅心 | |
秘事は睫といへり。極意とても下思儀はなき事なり。夫を秘密としておしむは道知る人の手前はづかしき事なり。又傅へても受くべき器量の人なきこそかなしけれ。 | ||
61 | 迷ひ有鎗ハはつかし我なから日頃の習ひ敵にとられて | |
数十年の稽古修行も心に疑惑の迷ひあれば敵に合て習ひ一つも出がたし事は年功にて成り一心は覚悟にて即時にも |
||
62 | 立さはく胸の浪風やミぬれハ心にすめる有明の月 | |
数十年の稽古修行も雲はれて後の光と思ふなよもとより空に有明の月ともいへり。能々考ふべし。 | ||
63 | 色々に敵のかまヘハかはるとも突来る時の鎗ハ一すし | |
四方四隅さまさまに鎗をかまへ来るとも突ときは一筋なり。中央ならでは鎗すじ外に有事なし。迷ふまじきなり。 | ||
64 | 一生の命の楯の兵法そ大事と思へあたに思ふな | |
不得天命而死するはふ心掛なる故なり。理に当る所まで事を修行して其上にて死すれば刄上に死するともこれ天命なり。事の修行は理を窮めて後ならでは出来ぬと覚悟すべし。 | ||
65 | 一足も身を |
|
身を引て左はへのけばかへつて突に中る。また鎗先に中る様にす々み魚鱗の構へ正しければかへつて遁るゝなり。然れとも艸の位の間相にては易に居て命を俟の心を持真の位にて義を見てせざるは勇なしと心得て進むべし。 | ||
66 | 左足をハ引ハ素鎗ハとりましすかさすかけてかすき入へし | |
艸の位の一本目に此形を教へたり。身を引うちに進む意有り是陰中の陽なり。 | ||
67 | 入身にハ左の足を大足にすゝむとすれハ入よかるへし | |
入ときは右の足を大足に |
||
68 | 名を |
|
名を惜み忠孝に備んとする命をあだに捨ること不覚也。武術の奥義を悟り天命にて死すべき也。 | ||
69 | 鎌鎗を望ミ誓約するならハまつハ法度の道を正せよ | |
当流懇望の人あらば |
||
70 | 表をは手足からしの見物そと思ひて鎗を習ひはしすな | |
表の形は手足からし又見物戯の様に遣ふべがらすとなり。重年重年も云如く必勝は当流の表形の内に有と知るべし。 | ||
71 | 表にて身へのかねひすミ程拍子手つき足ふミかこひ習へよ | |
静なる事の中にて三ケ身位止動遠近真艸△△遅速浅深軽重長短大小等を能々習ひ覚へよとなり。 | ||
72 | 表より外に習らひハなきものそ假初ことに遣ひはしすな | |
表より外に仕方は決而無く物と決定して遣よと也。仕合とて外に仕方は |
||
73 | 老ぬれハせんなきものそ若き身の心にかけよ兵法の道 | |
老て学んとすれは進退不自由になりてなりがたき事多く、学文武術ともに眼力うとくなりては書も見へがたく事もなしがたし後悔忽に来る。 | ||
74 | 世は廣しいかなる上手有やせん自慢ハ怪我の基と知るへし | |
世はひろきものなり。いかなる上手名人も有べし。然れども奇妙奇躰成事はなくたゞ正直潔白に至り極る人をは名人なりと知るべし。 | ||
75 | 長道具其品々にかはりあり心を付て工夫よくせよ | |
直鎗鎰十文宇長刀又は弓鉄炮等へ遠間を用とする器品々有といへども突拍子打拍子は一拍子なり。空より落る雷も |
||
76 | 上手とて自慢ハいかてなるへきそ時の運命知らぬ行未へ | |
上手名人の上にも天理地理人理とて時の運命あれは必勝といふ事はなし。必不負は修行の至極とする所也。是則術の至極也。孔子ももちゐられたまはさる時有是天命也。然れ共五百歳を過て文宣王と祭られたまひ萬代不易の教へを遺したまふは則必勝なり。 | ||
77 | 義理つよく深く執心あるならハ極意残さす教へ傅へよ | |
義理つよく執心ふかく篤実なる人ならば極意を残さす教へ傅へよと也。おしみて大切の事をする程の道を我ひとり知りて後世へ遺さざるは不忠なり。 | ||
78 | 習ひをハつゝしミもなく云ちらし詞つまらハ恥をかくへし | |
古傅は則聖賢の教へなればかくす事は有べからず。然れども不直の者にむさと教れば後悔することおほく又しらざる知りたるごとくにいひなして言葉つまらばいかつせん能々理を窮て教ゆべし慎むべし。 | ||
79 | 事よりも心にうつす鎌鎗ハ年を積とも勝ハ有まし | |
武藝は事の術也と覚へり。無埋なる事を必にうつし傅ふる人は百とせを經るとも勝の道を知ることなしとや。 | ||
80 | 心より事につたふる鎌鑓ハはやくも道に叶ふものなれ | |
心をこらし |
||
81 | 奥儀まて習ひうるとも油断セハ是そおくれのもとゝ知るへし | |
奥儀の至極を習ひ得るといへども油断をなして捨置は我物とはならでかへつておくれのもとゝなるべし。 | ||
82 | 敵の所作其ッさッさの品により位を取りて油断はしすな | |
敵の所作道具其ツさツさの品によりて最初に遠間より真艸の位をとりてむざと掛るべからず。現在より未来を次第に見越し覚悟する事肝要なり。 | ||
83 | つよくとも又弱くとも敵ならハ手前みたさす真にかくれよ | |
つよきを恐れず弱きを侮らず、平生御前御前平生の心得にて行儀を常にみたるべからず君子は其獨を慎といへり。 | ||
84 | 鎌鑓の横手を頼遺ひなはかけはつしての後にくゆへし | |
當流の鎌は理方を第一とおく器なれども横手にてかけんおさへん突揚んとするは則住地煩悩なり。もしかけはづして後大に悔べしとなり。 | ||
85 | 横手をはいらさるとして柄にかちのありてつかヘハ後に悔まん | |
當流の鎌は理方を第一とをく器なれども横手にてかけんおさへん突揚んとするは則住地煩悩なり。もしかけはづして後大に悔べしとなり。 | ||
85' | 横手をはいらさるとして柄にかちのありとつかヘハ後に悔まん | |
前歌の心をとりそこない横手をはいらざる物とせば、是も亦当流の理方を知らざるなり。柄にかち有事は決してなし。 |
||
86 | 鎌も柄も其能あるそ習ひなハ敵のしはざに乗て勝へし | |
横手も柄も皆時に應じて能有を知り得たらは敵のしはさしはさに乗じて毎く勝有へしとなり。 | ||
87 | 突ハからふほと鎗の地獄なれたゝ踏入よ先ハ極楽 | |
敵の突出す鎗をとめんと圍ふ内は三尺の間相といふものにて進退の塗極りなく互角なれは地ごくなり。一尺の間相へ近付ては踏込さへすれば、敵のやり尖をのがれ柄越になりて極楽に至る。 | ||
88 | 鎌鎗の極意に心いたりなハ其後道具を取に及はす | |
當流鎌鎗の極意を得心せば何の道具を持ても必勝有べしとや。初心は鎌なきときはいがと思ふべし。此鎌の極意をしれば、おりにふれて無刀素はだの時も心中の鎌を遣ふ事なり。 | ||
89 | 死後ならて上手も下手も知られまし命のうちにいかてさためん | |
此道にかぎらず万藝ともに一生学びつくす事は有べからず。下手も上手も怠れば下手と成故没後ならでは上手下手は極るまじとなり。 | ||
90 | 我すきし道具に習ひ極なは流にハよらし上手なる人 | |
我すきし道具にて物の至極を覚り得よとなり。何流とよぶは初のうちにたれの流れをくむといふしるしなり。尤源清き流れをくめば未きよく、濁れる末をくめば益濁る。能源を吟味してくむ事肝要なり。 | ||
91 | 習ひをは深くつゝしむ心よりまさる極意ハあらしと思ふ | |
古法の習ひは故人の明 |
||
92 | 仕合をは圍ひ打 |
|
仕合には形を遣ふ心と事替り、かこひうちはりかけはやし等をなして、全くかたんと思ひ敵の鑓に心を散らされ眼の迷ひ出る。是を見搦といふて戒る事なり慎べし。我心を正直に持ち法のかたちを乱さず、時に應じて進退すれは火に入ても燒ず、水に入ても溺れまじき心なるべし。 | ||
93 | 出るより光りハ四方のあまねしな心に照らす山の端の月 | |
真如の月の光は出るよりあまねくてらすなり。疑惑の雲のか(か)らぬ様に心得て七情にひかるべからず。本来の無一物を悟れば、聲も臭もなし至れる哉。 | ||
94 | 我鎗をよしと斗に思ひなし他人のまさる時にくやむな | |
何事も此趣にてよしと思ふべからず。きのふよしと思ひし事も今日思へば非なり。 |
||
95 | 鎌鎗のかこひかまヘハともあれや勝ハ心の見付なりけり | |
鎌鎗のかこひかまへは勿論法に叶ひたる上にても心の見付成就せざれば無用の事と成事有事理成就の上に又心を一段みがくべしとや。 | ||
96 | よはくとも必敵をあなとるなおくれハ後にかへらさりけり | |
前にも有ごとく弱敵をあなどリて後悔をすべしとかさねがさねも慎の心を教へしなり。 | ||
97 | 遣ひ得て極意を高く |
|
事埋の極意を窮つくすとも心おごること有べからず。鎌退辞譲は則必勝の道なり。 | ||
98 | 船軍馬上の鎌の習ひをは世をうミ渡る海士人にとへ | |
船軍馬上の鎌のならひも有たゝ 四海を渡る其道々の達人にとひ尋て心を深くし油断すべからずとなり。 孔子曰吾不如老農吾不如老圃と。 |
||
99 | 伊勢の海千丈の底の一ツ石袖もぬらさすとるよしも哉 | |
是は悟れよとの歌也。時の至るを待事也。時至らざればいか様に工夫しても袖ぬるゝなり。時至りて汐の干る節には千ひろの底の一つ石も手元にうひ来るが如し。高き山もふもとのちりひちよりなりて白雲かゝるまでおひのぼるといふも同儀なり。 | ||
100 | 鳴子をハおのか羽風に引立ておとろきさわく村すゞめ哉 | |
善悪邪正も皆我に有負るは其身の正しからざる故なり。正直潔白なるものゝ負る理は決してなし。七情にひかれて心かたむき事の偏倚たる事有れば邪気の入事迷なり。克巳復禮の儀肝要なり。 | ||
百首歌の巻 終 | ||
※便宜上算用数字を付記しています |
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編集後記 鎌槍兵法百歌を編集して感じることは、歌の内容が、今の時代にも立派に通用する幾多の教訓が豊富に詠まれていることである。それは一つの宗教であり、哲理である。命をかけたきびしい修行をへた者の、悟りの境地、槍の極意でもある。その反面、槍の利害得失を明確に記述し、更には心のおごりを戒めるなど、術理、理合をくまなく網羅している。そして、元本の筆のあとの見事さにも心をうたれる迫力を持っている百歌であり、ご愛読を願う次第であります。 昭和五十一年十二月一日 |
西川源内(宝蔵院流高田派槍術 流派代表) |
2003.02.15