読売新聞「なら ヒト」
宝蔵院流高田派槍術 第21世宗家 一箭順三さん 63

高みを目指す快さ
平成24(2012)年2月12日 読売新聞


門下生を指導する一箭さん(右)
(奈良市の市中央武道場で)

 約450年前、興福寺(奈良市)の子院(塔頭(たっちゅう))・宝蔵院の僧・胤栄(いんえい)が創始した「宝蔵院流槍(そう)術」。穂先が十字の鎌槍(かまやり)を使うのが特徴だ。
 今月、高田派21世宗家に就任した一箭(いちや)順三さん(63)に意気込みなどを聞いた。
(聞き手・後藤静華)

Q 宝蔵院流槍術との出会いを教えて下さい。

 元々体が弱く運動も苦手でした。しかし、「強くなりたい」と、22歳でまず剣道を始めました。2年後、1974年の奈良市中央武道場の落成式で、石田和外(かずと)・18代宗家の演武があると聞き、興味本位で足を運びました。剣道にはない突きの鋭さや華麗な槍さばき、気迫に満ちた動き。ただただ圧倒されました。入門したかったのですが、当時は発祥の地なのに奈良に道場がなかった。76年に石田先生や鍵田忠兵衛・前宗家らの尽力で地元に道場ができたので、第1期生で入門しました。

Q 剣道と槍術の違い、難しさはありましたか。

 槍術は、相撲の四股のように腰の低い構えが特徴で、動きが剣道と全く違う。稽古はその低い姿勢で歩くことから始めます。おかげで毎日、足が筋肉痛でパンパンになりました。
 人前で技を披露できるようになるには5年ほどかかりました。さらに修業を積み、鍵田前宗家が段位制度を設けた91年に最上級の「免許皆伝」を授かり、門下生への指導を許されました。


Q 槍術の面白さは?

 宝蔵院流槍術は古武道の一種。勝ち負けを競うのではなく、ひたすら自らを鍛え、技を身につけ、後世に継承する。完成形は無く、自分次第で常により高みを目指せるところが魅力です。
 鎌槍はただ突くだけでなく、十字の穂先で相手の槍をひねり落としたり、回転させたりと多彩な動きがあります。重さ約2キロ、長さ約3メートルの樫(かし)製の槍を操って、相手をどう突き、相手の突きにどう応じるか。槍を通して心が通じ合い、相手と一つになれた時の気持ち良さは格別です。

Q 宗家としての夢を教えて下さい。
 奈良では高校生から70歳代までが修練に励み、名古屋、大阪にも道場ができるなど、門人は約100人に増え、広がりつつあります。しかし、江戸時代には4000人もいたといい、当時に負けない日本最大の槍術流派にしたい。昨年12月に亡くなった鍵田前宗家の長年の目標でした。そのために演武会や体験会を開いて、まず槍術を知ってもらう機会を作るつもりです。


◆取材後記◆

 剣道では、師の教えに従い、道場まで片道9キロをゲタを履いて歩いて通い足腰を鍛え、22歳という遅い入門を挽回しようとしたという努力家です。
 また剣道に加えて、23歳の頃には座禅や尺八も始め、今も続けているそうです。40年も取り組んでいれば、どれもマスターしたと言ってもいいのでは、と尋ねると、「尺八も槍術も、究極は無いんです。続けていると、毎回新しい学びがある」と笑顔で話してくれました。
 飽くなき向上心と好奇心に触れ、私も初心を忘れず努力を続けようと思います。


読売新聞「なら ヒト」平成24(2012)2.12

2012. 2.15