年頭のことば


日本古武道協会理事長 年頭のことば
古武道のひろば
月刊「武道」
2007.1月号
心胆を練り、身体を鍛える

日本古武道協会理事長 井上 裕

 謹んで新年のご挨拶を申し上げますとともに、平素より古武道に賜っておりますご支援・ご協力に対し厚くお礼を申し上げます。
 新しい年を迎えるに当たり、心から皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。武道界の皆様の弥栄(いやさか)を心より祈念いたします。

 今年は宝蔵院胤栄没後四百年
 昨年は柳生石舟斎宗厳(むねよし)没後四百年に当たり、柳生家代々の菩提寺であります寮良・芳徳寺で四百回忌法要が厳粛に営まれました。今年は、宝蔵院胤栄(ほうぞういんいんえい)の没後四百年を迎えます。聞くところによりますと、宝蔵院流高田派槍術では四百回忌法要、記念奉納演武会及び墓地の改修を計画しているとのことです。特に、墓地の改修には多額の費用が見込まれていますが、多くは同流派会員の浄財で賄うそうです。四百年の時を重ねても、流祖を敬う心根を忘れない鍵田忠兵衛宗家はじめ会員の皆様に、心から敬意を表したいと思います。
 槍の沿革について、以前本誌に連載されました島田貞一氏の 「槍と槍術」によると、槍は、鎌倉末期に起こったと…推察されると述べております。その後、室町時代に芸道の著しい勃興(ぽっこう)期があり、能や狂言、茶、花、香など、いわゆる日本的芸道がこの時代に挙(こぞ)って起こり、そして流儀を成立させました。武術もその一つでした。
 槍術も、この時代まず兵法流派の一部に含まれて編組されました。ここに兵法というのは、太刀、長刀、槍、棒、捕手など、主として接戦武術一般を集成し、あるいは総合した武術と思われます。槍術史で、室町時代に最も注目すべき流儀は新当流(神道流)であったと考えられています。
 新当流兵法の祖は下総国(しもうさのくに)香取の飯篠長威斎で、香取の神に祈請(きせい)し、その神の化身たる神変童子「天真正」から神授を得て、一流を大成したと伝えられています。
 新当流は、太刀以下多くの実技を有していましたが、その中でも長道具(槍、長刀) が一つの重い価値を持っていました。即ち、長威斎からの伝統を引く後世の人々の中に多くのすぐれた槍や長刀の名手が出、幾多の流儀が生まれたと推察されます。
 今日、飯篠家を宗家とする天真正伝香取神道流は、千葉県無形文化財として佐原市に伝わっております。同流派の形(かた)に、飛龍の槍、去龍の槍、突留之槍、揚矢之槍、電光之槍、夜之矢槍の槍術表六本が伝承されておりますが、いずれも太刀に対する素槍の形であります。この形の名は、戦国時代から諸系の伝書にも数多く見られるようになります。とにかく、この六本の槍術形は長く大切に保存すべきものと思っております。
 幕府は幕末期に、国防強化のため武術稽古場・隊伍調練堵などの設置を進め、築地鉄砲洲に設置した講武所の槍術教授方は十名のうち八名が宝蔵院流系で占められていました。宝蔵院流高田派槍術は、明治、大正期の大家山里忠徳先生よりし旧第一高等学校撃剣部の矢野一郎、横田正俊先生や元最高裁判所長宮・石田和外先生が伝習し、昭和51年に石田先生より表・裏・新仕掛三十五本が西川滞内先生に伝授され、発祥の地奈良に里帰りしました。さらに平成3に、鍵田氏に第二十世が伝授され、今日に至っております。

 流儀後継者指名が相次ぐ
 さて、昨年の5月に開かれました協会の理事会・総会の席上、塩川正十郎会長から「流儀縦承者がいなければ、それは大きな日本文化の損失にもつながる」とのご発言がありました。協会としましても、これまでにも加盟流派に、流儀継承についての重要性について文章などを通して啓蒙をしてまいりました。
 そのような中、柳生新陰流兵法剣術、竹生島流棒術、根岸流手裏剣術の3流派が、昨年、宗家縦承指名をされました。今後も、協会としましても重要案件として、取り組んでく所存であります。
 協会の活動を振り返ってみますと、昨年の2月に第29回日本古武道演武大会を日本武道舘で開催し、35流派が演武をいたしました。会場には、多くの熱心な愛好者にまじって外‥国の方々も見受けられ、古武道が国内ばかりでなく海外でも注目されていることがうかがえました。
 また、11月には恒例の第17回日本古武道術技向上演武大会が、広島県・厳島神社で開催され、28流派206名が参加しました。今回15回の出場を果たした本體楊心流柔術と渋川流柔術の2流派が表彰され、感謝状が贈呈されました。
 同月には、日本武道館が企画した日本武道団派遣事業がスペイン・サラマンカ市で開かれ、現代武道とともに当協会から、立身流兵法と竹生島流棒術の2流派が参加しました。
 加盟流派の活動状況については、本誌の 「ひろば」及び 「ニュース」欄に、奉納演武、研修会、国際事業などが数多く掲載されております。各流派が日頃頑張っている姿が報告されるたびに、いつも励まされる思いです。これからも各流派のご精進と、古武道の保存、伝承に貢献されることを心より願っております。

 2月の古武道大会は、尚武の地熊本で
 新春を飾る第30回日本古武道演武大会が211日、熊本城築城四百年を記念して熊本市総合体育館・青年会舘で開かれます。先に挙げた、天真正伝香取神道流、宝蔵院高田派槍術、柳生新陰流兵法など26流派と、地元に伝わるタイ捨流剣術、肥後古流長刀、開口流抜刀術など9流派の計35流派が演武を披露します。尚武の地、九州地方の開催は平成10年の宮崎県以来であり、ぜひ、多くの方々のご観覧をお待ちしております。
 秋には、若い人たちの発表の場として定着した、第18回日本古武道術技向上演武大会が1125日、広島県・厳島神社で開かれます。多くの観光客に見守られながらの演武は、若い人たちが一投と飛躍する壕として、これからも協会の重要な行事として位置づけております。
 現代武道の原点である古武道は、我が国の長い歴史と伝統に培われた世界に誇る文化であります。日頃の修練を通じて心を磨き、体を鍛え、礼節や伝統を尊重する態度を養うなど、豊かな人間形成に資するものであります。
 協会ではこれを保存・継承していくために、会員各位と一致協力して、古武道の保存、振興に邁進したいと決意しております。皆様のご協力とご指導をお願いして、年頭のご挨拶といたします。



2007.01.07