月刊「剣道時代」 2003.3月号 宝蔵院流槍術 顕彰碑除幕式 |
宝蔵院流槍術顕彰碑除幕式 支援者の全額寄付により建立される 奈良に伝わる古武道、宝蔵院流槍術の発祥地を顕彰するため、宝蔵院流槍術顕彰碑を宝蔵院跡である奈良国立博物館構内に建立した。 顕彰碑は平成14年12月16日、奈良国立博物館旧館西側に建立し、この日除幕式を挙行した。式典には多くの支援者がご出席くださり、松岡泰夫保存会会長、宝蔵院ご縁の多川俊映興福寺貫首、大川靖則奈良市長、宝蔵院跡地ご縁の鷲塚泰光奈良国立博物館長、来年の大河ドラマ「武蔵」放映の大瀧重興NHK奈良放送局長、横井健二奈良市武道振興会理事長に私が加わり7名で綱を引いて除幕し、最後に宝蔵院流槍術宗家として御礼の言葉を申し上げた。こうして顕彰碑は多くの方々に祝われ、無事除幕式を終えることができた。 顕彰碑は幅1.5m、高さ1mの花崗岩に興福寺の多川俊映貫首様に「興福寺宝蔵院跡 宝蔵院流鎌槍発祥之地」とご揮毫いただき、由来は銘版に刻んだ。 宝蔵院流槍術は、約450年前の興福寺子院のひとつ宝蔵院の僧・覚禅房胤栄(かくぜんぼういんえい)が猿沢池に浮かぶ三日月を突き鎌槍(かまやり)の技を創始し伝えられている。宝蔵院流の槍には、「突けば槍 薙げば薙刀 引けば鎌 とにもかくにも外れあらまし」との歌が伝えられ、江戸時代を通して全国を風靡し、日本を代表する槍術として発展した。 しかし、その建物と道場は明治初年の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の際に取壊され、敷地は後に奈良国立博物館構内となったため、今では地元でさえもその所在を知る人が少なくなり、たいへん残念に思っていた。 このため私どもは、奈良宝蔵院流槍術保存会役員と相談し、宝蔵院流槍術顕彰碑の建立を市民に呼びかけその全額を寄付によって建立した。 私どもは、多くのご縁皆様のお力で建立させていただいたこの顕彰碑で、奈良が誇るべき槍術文化である日本有数の槍術発祥地を明らかにし、後世の人々にも永く伝え継いでまいりたい。 また、今年1月から始まったNHK大河ドラマ「武蔵」では奈良の柳生新陰流剣術や宝蔵院流槍術が登場し、「武蔵のこころのふるさと・奈良」を訪れる多くの観光客へのお手伝もさせていただけることと考える。さらに、こうした絶好の機会を活かし、大切な伝統文化であるこの奈良発祥の武道を後世に確実に伝え広めるため、一層の精進させていただくとともに、継承発展への努力を惜しまず尽力してまいる所存である。 宝蔵院流高田派槍術 第二十世宗家 鍵田忠兵衛 |